ひとりの時間の過ごし方
今日のお題は「ひとりの時間の過ごし方」。
休みの日は何をしていますか?は、初期コミュニケーションで頻出の問いと思われる。
これに対する答えっていわゆる本音と建て前の世界だと思う。
本音の部分をいうと、恥ずかしながら私は恐ろしいほどにドキュメンタルのツボに入ったシーンを繰り返し見続けているし、一度気になったスーツにつく白い埃をガムテープで永遠に取り続けていたりする。疲れがたまった日はYouTubeで好きな思想家のチャンネルを3/4以上眠りながら流し続けている。
というような回答は初期コミュニケーションでぎりぎりまでひかれるもしくは次の会話への発展性に乏しいので、建て前用の回答も準備している。
「読書・映画鑑賞・ランニング・バスケなどですね。友人と飲みに行くことも多いです。」
「二日休みがあれば一日はアクティブに、一日は家にこもって好きなコンテンツをじっくりと堪能しています。」
あたりが収まりのいい回答に思える。
趣味とは?に対しては、「時間を、我を忘れて没頭し気づいたら夕方」になり得る領域だと聞いたことがある。
そんなことって結構難しいと思う。移動時間、現地での活動も含めてハイキングなんかに出かければ気づいたら夕方にはなるのだろうけど、例えばジグソーパズルを始めてやっと少しばかり形が見えてきて気づいたら夕方5時のチャイムが外から聞こえてきましたなんて、ほんとに好きなんですね、を超えてなかなかすごい集中力ですね、という方に感心してしまう。
そう、没頭するってことは、ほんとにその物事が好きだということに加えて、絶対的に集中力が必要となる。家の中、クーラーの効いた快適な部屋でパズルに取り組んでいれば、テレビもあるしトイレもすぐいけるし突然の来訪者があるかもしれない。そんな中断がありながらもなお没頭し続けるってのは、好みという「天性」と集中という「努力」が合致している気がする。
私で言えば読書。あるあるとも思うが、家の快適なソファーでさぁ読むぞというスタンスは苦手である。どうしても文字がすんなり頭に入ってこない瞬間や読めない漢字が現れることはままある。そうなった時、家だとすぐ別の本を開いてみたり無駄に氷を作り始めたりしてしまう。
やはり公共機関や病院の待合室なんかが読書にはベスト。限られた時間で他に注意を向けるものもほとんどなく、ほどよい雑踏でもある。外にいるからこそ、本と私は唯一の肉親同志のような親密な関係になって、本とひそひそ対話できる。
憧れる「ひとりの時間の過ごし方」像。(嘘)
・オンラインショップで気になる木刀の底値を探している。
・家にろくな調理器具もないのに豚骨スープを作り始める。
・スタバで競馬。
・上野公園でハトに餌をやる人を本気で注意する私的警察業務。
・丸の内界隈を柴犬5匹くらい連れて散歩。下駄で。
一人の時間は、リラックスモードと自己研鑽モードを選択できるけど、今日はどうしますか?
…リラックスで。。
になりがち!