AI時代

朝まで生テレビを観た。"激論!“人工知能・AI社会”と日本"がテーマであった。

 

AIを取り巻く世界情勢から日本企業の体質や教育制度、ベーシックインカム等の社会制度と、森永卓郎が童話を書き始めていることなどが議題にあがっていた。

 

落合陽一が発言していた、「介護に関して、機械と人間、どちらに介護をされたいですかと聞くと人間がいいと答える人は多いけれど、おしりを拭くのはウォシュレットかおじさんどちらがいいですかと聞くと大抵ウォシュレットを選ぶ。」という意見は、なるほどなと思う。つまり、いわゆる主語を大きく抽象的な言葉で、さぁ決断を!と投げかければ普通はビビるし現状維持を選ぶけど、ありありと想像できる具体例を、場合によって恣意的な例になることもあるのだろうけど、提示してあげることで初めて決められるってことはあると思う。おしりを拭く強弱・前後などはなるべくボタン一つで決定したい。

 

具体例をだしてあげることでその対象に対する恐怖心を一枚ずつはがしてあげること。

保護されて自然界に戻れない野生動物を、エサをちらつかせながら、一歩ずつ一歩ずつ前に進ませていき、ケージから出してあげる。

 

時代の流れは否応ないものだと思う。

AIが代替していったり新たに創っていったりする領域は確実に増えていくはず。なんかこういう技術面からの大波に、違う価値観によって人間が抵抗しまくり"勝ちきった"みたいなことって無かったのではないか。

だから、どれだけ短期的になのか不明だが、受け入れていくしかないのだと思う。

ほんとの上流、日本としていずれの方向性で、みたいな部分は、やはり政治家とか研究者とか各種の有識者に舵をとってもらうしかない。そういう意味で、従います。それらには。ただ、従いますが、ほんとうに実感を伴う生活レベルへの浸透については、やはり個々人、生活者それぞれのレベルで創意工夫は必要なんだと思う。

 

例えばスマホ

2018年8月についに母親がiPhoneに買い替えた。息子としては、遅いなとツッコみたい気もするし、よく踏み切ってくれたという感慨もあるし、もっとスマホにすることのメリットを強めにインプットしてあげればよかったな、という後悔などがある。

結構抵抗してきたらしい。もちろんガラケーでいることに強いポリシーがあったわけではないし、スマホに対する明確な怖さみたいなものがあったわけでもないらしい。むしろ、母親世代であれ友達もほとんどスマホだったようだし、実際家族で集まってもガラケーなのは母だけであったし、LINEグループみたいなコミュニケーションは取ることができなかった。

だから、早めに変えなきゃとはかねてより思っていたようだ。思っていたんだけど、自分なりの腹落ちのタイミングだったり、自分の思うテクノロジーとの距離感だったり、各種デバイスへの苦手感だったりで踏み込めていなかったのだそうだ。

 

ただ、踏み込んだわけだ。その決断に息子(たち)は全く関与していないし、父も同様だそう。つまり、およそ8年前くらいにスマホが日本でも普及を始めてから、ようやく母親なりの決断と具体的な行動の時が訪れたのだ。

重複するが、テレビでも街中でもスマホばかりだし、息子や孫でさえスマホで何やらやっているし、ガラケーで撮った画質の荒すぎる写真が送信エラーになることに嫌気が指したりなどもあり、ようやく母の中でのスマホ買い替えOKメーターが満タンになったのだと思う。

 

それでいいと思う。次世代テクノロジーの大波には従う。従わざるを得ない。国民とか消費者一般とかそういうくくりでは従うに賛成。賛成なんだけど、じゃあ個人として具体的に行動をいつ起こすかについては、個人レベルに任せていいと思う。

今回の母親の件でいえば、家族としての啓もうが弱かったのかもしれないのでやや反省だが、次のAIでももし同じ種類の決断が必要だとしたら、反省を活かしていきたい。やっぱり個人レベルでいえば、母親世代やもっと上の世代はもうAI時代なるものに適応をあきらめるかもしれない。ただ、適応せざるを得ないのが時代の波になるのであれば、母親の適応を助けるのは政治家でも研究者でもなくて、息子だったり友達だったり、孫だったりになる。身近なかーちゃん・ばーちゃんに、具体的にいうとこういう行動をすべきでその行動の仕方はこうでああで、これはお金かからないから大丈夫だよ、と優しく導いてあげる必要がある。もしかしたら次のOKメーターはダムくらいあるかもしれないけど。

 

カリスマ経営者の決断や超高性能チップによる演算結果で、超上位の部分での生活様式は今後も勝手に決定されていくのかもしれない。

だけど、そこから落ちてくる個人に求められる行動に対する個々人の腹落ちの仕方や理由は、意外とおまかせであることが実態なので、それに対し手を取り助け合っていくのは家族や地域などの身近な存在であることは変わらないはず。

 

「かーちゃん、こっちの自然は敵なんかいないから、ケージから出よう。一歩一歩。大丈夫、無課金だから。」