アップデート0

深夜0時を周り、静寂に包まれた駐輪場。二階。

その日飼い主がついに現れず、一晩をそこで過ごす結末となった数多の自転車たちがひっそりと佇む。

 

酔いに酔った身体にムチを打ち、我がクロスバイクを迎え入れ課金バーへと向かう。

入場時に発行されたバーコード付きの型紙を鞄をぐちゃぐちゃにしながら取り出し、退場ゲートに自転車を押し入れ、バーコードを機械に読ませる。


「160円」


いいよ160円ね。ぐだぐだになりながら財布を開く。


1円玉×4 + 1万円札×2


そして、1000円札までしか受け入れないシステム。キャッシュレスも不可。

周りにある看板にもこの状況をクリアする記述は無し。


シンプルな八方ふさがり。かつ一度振り出しに戻り万札を崩しに行く気力無し。

 


幸い緊急時用のテレフォンが設置されていることを視認。すぐさまコール。
とてつもなく高い声の男性から「一度振り出しに戻り万札を崩しに行く他ありません。一律にこのようなご案内をさせて頂いております。」との回答。

 

天を仰ぐ。

 

諦めかけた時、右後ろから歌丸師匠のような男性係員が登場した。彼にとり、深夜なのか、早朝なのか。

「その電話は緊急用だからかけちゃだめだよ!」と言われる。


「いや、個人的に結構緊急事態でして」ともがき、どうにか事情を伝える。

この男性が事態を解決してくれるのかは不明だが、この事態を共有できること自体に安堵を覚える。


「あーそしたらね、しょうがないからこれ使って」


釜じいのごとく謎の小屋から彼が取り出したのは、同様にバーコードが印字された型紙。

曰く、2日分が請求される魔法のバーコードとなっているらしい。


「明日、必ずこれを使って清算してね。明日発行したもの使うと1日分の支払いだけど、これを使えば2日分支払いできるから」


ありがとうございます、本当に。そして、おやすなさい。とカードを受け取り一礼した刹那、


「あなたを信じてるからね」

 
おじさん、ありがとう。少し怖かったけど、でも一日の終わりのグダグダな僕を信じてくれて、ありがとう。

明日、用無いけど、もう一回止めに来る。止めないけど、支払いに来る。

 

おじさんは僕に声をかけたあと、少し自嘲気味に微笑んでいた。
結局こうは言いつつ、一日分しか支払わない利用者はかなりの数いるのだろう。

いや、おじさんがそこまで日の利用者数と売上の不一致を正確に把握しているとも思えない。

であれば、「人とはそういうもの」という全体感に思いを巡らせていたのかもしれない。


残念ながら今あなたに信頼のお返しという贈り物をお渡しすることはできない。何故ならそのチャンスは明日にしかないから。


任せてください、そう心の中でつぶやいた。

 


翌日、しっかりと2日分カードを手に駐輪場へ。


勝手な正義感なのかもしれない。ただ、おじさんに信頼というものを、信頼していいんだと伝えたかった。

 

歌丸師匠は運良く自転車を整理中だった。

とんとん、おじさん、昨日はありがとうございました。ちゃんと2日分で支払いますね。

そう直接伝え、恐らく怪訝な表情から僕のことを覚えていないのは何となくわかったけど、これでいいんだと温かい気持ちになりながら退場ゲートへ向かう。

 

 

その時の僕はまだ、普段キャッシュレスしか使わない習性が故に、財布の中身が何ひとつアップデートされていないことを知る由もなかった。